もしも商品が喋れたら

商品は喋る事ができない

私のセミナーにいらしたご年配の女性。聞けば自分のできる範囲でパンを焼いて手売りしているとの事。そのパンは、心を込めて手づくりしている事もあり大層評判もよろしく…朝作ったパンは夜には売り切れるそうです。しかしご婦人は少々浮かない顔をしています。「もう少しだけ高く売りたいんです」

パン作りを知っている方なら、少しはご理解頂けると思いますが、ご婦人も生地をこねあげたり、まるめたりしながら…それはそれは丁寧に、そして細部にまで気を使いながら毎日毎日パンを作っているそうです。しかし、自分としては、もう少しだけ値上げしないと儲けが出ない。だからモチベーションも上がらない。とのこと。

僕はご婦人にこんなお話をしました。もし…お母さんがつくるアンパンが喋る事が出来た。としましょうか。アンパンはお母さんに美味しく焼いてもらえ、お客さんにも「おいしい!」と言って頂けるのを、きっときっと喜んでいるでしょう。

 

しかし、そんなお母さんがアンパンとお別れする時「いってらっしゃい!ちゃんと喜ばせるんだよ!」と送り出してあげるのではなく、「ああ。また儲けも無いまま売っちゃった(旅立っちゃった)…」という顔をしていたら、アンパンは一体何を思うでしょうか?

「お母さん、せっかく苦労して僕を旅だたせてくれるのに…僕はお母さんの役に立てなくてゴメンね(泣)」

「お母さん…さようならって言ってくれないの?なぜ『僕を焼かなければ良かった』みたいな顔をするの?」

せっかくお客さんに「おいしい!」と言ってもらえても…肝心なお母さんに快く見送ってもらえなくてはアンパンだって気の毒ですよ?せっかく苦労して手塩にかけたのに、せっかくお客さまには喜んで頂けているのに、アンパンはお母さんに「申し訳ない」って思っちゃうんですよ? というお話をいたしました。

 

価格をつけるのは自分です。商売人ならだれでも原価に利益を乗せ、お客さまが納得する価格で…と考えながら値段付けをするでしょう。しかし、売ってもチャラだ。売って赤字だ。という場合、商品は何を思うのでしょうか???

 

「僕はこの程度の価値じゃないっ!!」とか「おかあちゃん、儲けも出してあげられなくて…ごめんね」とか、とても心残りな『売られ方』をしちゃうのではないでしょうか?

確かに商圏性はあるでしょうし、時流だってあるはず。しかし…だからと言って、儲けを度外視することは商売人としていかがかな?と感じるのです。

お客様同様、商品にも愛情を持っていれば、心置きなく旅立たせてあげることが出来るのでは?と感じるのです。