差別化か独自化か
差別化という言葉をよく見てください。
他との差をつけるとは…主体が外向き、出発点が他者にありますよね?
「あの店と比べて違う物を売らなければ」「競合が持っていないもの装備しないと」「あっちが安くしたなら、うちも安くしないと」…etc
と言う商売は、永遠に他者の影を追いかけ続けます。
いや。
追いかけられ続けます。
一方、独自化は自己主体です。
出発点が内側にあるので、「自分にしか出来ない事は何か?」「お客様に本当に提供したいものは何か?」「今日自分はベストを尽くせたか?」という方向に向かいます。
この地点から始まった商売は向かう方向が差別化とは真逆なので、最初から「比較不能」。
誰かと比べる発想も機会もありません。
比較されないものは値段で叩かれないし、流行に左右されないし、真似されても本質を奪われません。
何故なら…唯一無二だからです。
マーケティングのフィリップ・コトラーは「差別化できる要素が多いほど良いなど思うな。顧客にとって意味のある、たった1つの違いを持て」と言いました。
そう。お客様にとって意味があるものたった1つで構わないのです。
しかし、私はコトラーのこの言葉すら、「出発点が顧客の顔色じゃん。自分のやりたい事、出来る事で顧客が助かり、喜ぶのが商売だよ」と思ってます。
だからもっとシンプルで構いません。
「自分自身が心の底から信じているものは何か?それを実現するにはどうして行くか?」だけで良いのです。
何故ならそれが独自化の起点だからです。
私は長年、差別化で動く商売の末路を、いっぱい見てきました。
競合が値下げすれば追いかけて自爆。
競合が新しいサービスを出せば、真似してばかり。「パクる」しか能がない。
競合が広告を打つから、こっちも打たないと。と少ない予算を切り崩す…etc
人の顔色を見ながら動くので、動いていても前に進まないし、疲れているけど成果が出ないのです。
しかし、それは当然なのです。
他者の動きに反応し続けることは、「他者の商売の後追い」でしかないからです。
後追いは常に一手遅いのです。
一手遅い者が市場は作れないし、
本当の意味でのクリエイティブは不可能になって行くのです。
独自化で動く商売は周りが騒いでいても、軸がぶれません。
流行が来ても、慌てないし、むしろ、流行が自分の方に寄ってくる場合もあります。
実際、私の仲間であり、クライアントさんでもある方は、実直に商売に勤しんでいたらTikTokでバズり始め、今は生産が追いつかない程です。
彼は同業者など一切目を向けず、自分の世界観で商品開発をし続けており、商売する相手やパートナー、コラボ相手も選んでます。国内のイベントだけでなく、海外の見本市にも毎年出展し、精力的かつアナログなご縁結びをしながら、販路も拡大しつつあります。
その昔、千利休は茶の湯という文化を「独自化」しました。豪華絢爛な安土桃山の時代に、あえて「侘び」という逆の美意識を体現したのです。
差別化ではなく「私はこれが美しいと思う」という自分軸の美学や哲学を形や言動で表現したのですね。
それは今、500年後も語り継がれる文化になりました。日本には数百年続く老舗が多くありますが、どのお店や会社も「誰かの目や評価」よりも、まず「自分がどうであるか」を基点にし、揺るがないものに育てたのです。
と、この様に茶の湯や老舗の話まで出すと独自化が仰々しく感じるかもしれませんが、いやいや、別に難しくはありません。
- なぜこの仕事を選んだのか?
- どんなお客様の顔を見たいのか?
- 自分が死ぬまで何を実現したいか?
という3つの答えに、自分の「独自化」の種があります。
差別化は他者が決めたステージに乗って、そこで商売人劇を見せようとする事ですが、独自化は自分で舞台をつくり、そこで自分劇を演じ、観客を招く事です。
どちらの舞台に立ちますか?立ちたいですか?
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望月まもる(集客支援コンサルタント)地域の商いを見続けて40年。整体・接骨院の勉強会で約10数年講師を務めております。商工会や行政、工務店・リフォーム会社、各種サロンなどの業界団体でも、セミナーや講義・勉強会・研修を行っております。クライアントは、接骨院・整体院・各種サロン業・物販・通販会社・製造業・学習塾・音楽教室・リフォーム会社・工務店・ポスティング会社など多岐にわたります。著書:「儲けるポスティング損するポスティング」「『集める』から『集まる』店へ」