感情からの手紙
私たちは日々、形のない風のような感情に心揺さぶられながら生きています。
昔、あるお坊さんから「感情の上げ下げが無くなってから『人』としての人生が始まるのですよ」と言われ、当時は「情熱こそ生きるという事でしょ!喜怒哀楽あってこそ人生は豊かになるんでしょ!」と思い込んでた私は、大きな「?」と共に頭をこん棒で殴られた気がしました笑
感情はお手紙
感情は自分の内側から外側…潜在意識から顕在意識に届く手紙のようなものです。
そこには常に、現在の自分を取り巻く状況についての重要な情報が記されています。
例えば「怒り」は二次感情。自分が守って来た領域や境界線が侵された事への反応だったりします。また一次感情には深い悲しみがありますから、もう2度と同じ思いはしたくないと、怒りを道具として使ってる側面もあります。
そして「悲しみ」は大切な存在との繋がりが断たれた喪失感です。今、始まった事だけでなく、過去から続くものもあります。
「不安」は未来の不確実性を受け入れ切れぬ自分を知らせてくれ、「嫉妬」は自分の中に眠る切実な渇望や不足感を伝えてくれます。
何なら「退屈」さえも、自分の活動が止まってる事に対して、新たな変化を求めている、動きたいという合図なのです。
これらの感情はしばしば不快感を伴いますが、決して無意味な存在ではありません。
むしろ、あるレベルに至るまでは、成長していく上で不可欠な防衛反応なのです。
問題は感情ではなく、その感情を感じた瞬間に、脊髄反射的に行動へと結びつけてしまう部分です。
怒りを感じたから即座に攻撃し、不安だからその場から逃げ、寂しさを埋める為に不健全な関係に執着し、虚しさを紛らす為に過食に走る…etcこれらは感情…自分の潜在意識からの手紙を無視し、感情に「ハンドル」を預けた状態です。
この「感情」と「行動」の間に、意識的に「空間」を創り出せる人を成熟した人と呼びます。
「名前」を付ける
アドラー心理学では「人は怒りを道具として使う」と説いてる様に、感情には常に「目的」があるとされています。
アドラーは、人が感情を利用して何かしらの目的を果たそうとする「使用の心理学」を提唱しました。
例えば、大声で怒鳴るという行動の背後には、「相手を支配したい、屈服させたい」「自分の正当性を認めさせたい」という目的が隠れている事があります。
自分の心が動いた時、「なぜ今、この感情が湧いているのか?」とその場でキャッチすると、「自分はこの感情を使って何をしたいのか?何が目的なのか?」に気づける様になります。
また、ユング心理学では、感情は「影(シャドウ)」や「無意識」からのメッセージとして説かれてます。
自分が強く拒絶したり、過剰に反応したりする感情の中には、自分自身が認められずに抑圧してきた「もう一人の自分」が隠れている事があります。
「私は今、怒っている」「私は今、惨めさを感じている」と自覚し、言語化する素直な行為は、自分との関係を劇的に変化させます。
心理学の世界では、人は名前のついたものに対して客観的な視点を持てるとされています。
逆に、名前がつかない「何となくの不安」や「得体の知れない苛立ち」は、濃い霧のように自分の意識全体を覆い尽くし判断を曇らせます。
感情は言葉で定義すると、例え荒れ狂うエネルギーでも、観察可能な「対象」に変えられるのです。
なお感情を豊かに、かつ深く感じる事ができる人ほど、実は精神的な深みに到達出来るものです。
逆に感情を遮断したり、抑圧して忘れようとする人は、少しずつ自分が麻痺し、生きる事全ての「不感症」になってしまいます。
荒れ狂う海を知り、その波の1つひとつを丁寧に観察し、それでもなお自分の船の舵から手を離さなかった人だけが、先のお坊さんの説く「人としての始まり」に至るのです。
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望月まもる(集客支援コンサルタント)地域の商いを見続けて40年。整体・接骨院の勉強会で約10数年講師を務めております。商工会や行政、工務店・リフォーム会社、各種サロンなどの業界団体でも、セミナーや講義・勉強会・研修を行っております。クライアントは、接骨院・整体院・各種サロン業・物販・通販会社・製造業・学習塾・音楽教室・リフォーム会社・工務店・ポスティング会社など多岐にわたります。著書:「儲けるポスティング損するポスティング」「『集める』から『集まる』店へ」